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親愛なるあなたへ(5) 〜今、その場所で〜

春に恋して、待ちに待った花の季節。美しい花々が島を覆い、海や空と鮮やかなコントラストを見せています。車椅子を押して幸齢者様を外へお連れし、桜の下で近所の幸齢者様とともにおにぎりを頂きました。馴染みの顔と馴染みの料理、馴染みの空気の元でのお花見。幸齢者様の笑顔を、是非あなたにもお見せしたかったほどです。

今日は、先日なごみの里に訪れた若い女性の話をしようと思い、筆をとっています。それがあなたのくれた手紙の返信になると思います。彼女は介護施設で行われる……例えば、裸でお風呂の順を待つ幸齢者様、応える人がいない場所で叫ぶ幸齢者様……「そんな現実に、心が張り裂けそうです」と、私に語ってくれました。「もう、この仕事を辞めよう。そう思ってなごみの里を訪れました」と。

時に、人というのは不思議だと思います。私と話していたと言うより、むしろ彼女は彼女自身と対話をしていたようでした。彼女は話し続けるうちに、自分自身で色々なわだかまりを解きほぐし、そして最後には自分の原点にまでたどりついてくれました。

沢山の幸齢者様と出会うこと。その人の心を大切にすること。思い合うこと。優しい心を持つこと。そして、様々な学びをすること。

それこそが、彼女がこの世界に入った理由。それを思い出した彼女は「もう一度頑張ってみます」そう言って、島を後にしました。後日、自分のいるべき場所に戻った彼女から来た手紙には、こう書かれていました。

自分の目指す光に向かって歩いていく。光が見えてれば、どんなに辛くとも頑張れる気がします。もし光が見えなくなったり、道に迷ってどうしようもない時、またなごみの里に行きます。同じことを感じ、同じ目標に向かっている人達に出会えて、本当に良かったです。

またそれから時が流れ、私は一本の電話を受けることになります。「もう続けていけません。苦しくて、つらくて………」涙で言葉が続けられなくなった声は、間違いなく先日の彼女でした。

私はただ彼女の話を「そうね。そうね」と頷くことしかできませんでした。私が以前務めていた施設での出来事を思い出せば、彼女の苦しみが痛いほどにわかったからです。

その人らしい選択を決定する権利、つまり尊厳を奪うことのない介護を多人数で行うのは難しいのが現状です。でも、その現実をしっかりと受け止めた上で、そこでしか学べないことを学ぶこと。これは決して無駄なことではありません。その場にいるべき時が人にはあります。逃げ出さず、幸齢者様の手を握り、どうか今、その場所で尽くして下さい。貴女の目の前の幸齢者様達にとって、貴女は大切な一人なのですから……。

そう彼女には伝えました。

私はなごみの里を立ち上げてから、彼女のような人達を沢山見てきました。彼女達は言います。「この世界に絶望しました」と。そして私自身、こう聞かれたことがあります。「柴田さんは介護の現状に絶望してなごみの里を立ち上げたのですね」と。

いいえ。確かに私は介護の世界の現状をとても残念に思っています。でも、ほんの少しだって絶望なんかしていません。

私は知っています。老人ホームの中にも、病院の中にも、そして介護の世界にいない人達の中にさえ、私達と同じ想いの人達がいることを。それぞれが、それぞれのやり方で、それぞれの持ち場で幸齢者様に尽くしていることを。

自分のいるべき場所で同じ希望を抱いて歯を食いしばって闘っている人達がいるのに、どうして私が絶望なんてできますか? その方達がいると知っているからこそ、私もなごみの里で日々歩んでいけるのです。そしてその方達が希望を捨てないからこそ、希望の光がより輝くことができるのです。

これは私達の世界に限った話ではありません。迷うことは誰にでもあります。あなたが迷っていることだって、真剣に考えてることの裏返し。決して悪いことではないと思います。

けれど、絶望を手にする前に思い出してほしいのです。あなたがその場所に一番最初に立った時、何を思っていたのか。あなたがどんな希望を持っていたのか。あなたが今やっていることは本当に無意味なのですか? 視野狭窄になり、不満にばかりに目がいっていませんか? 隣の芝生の青さに心を奪われず、今一度自分が立っている芝生に水をやりませんか?

どんな人だって、どんな時だって、どこにいたって、人は向上することができます。例えどんな現実があろうとも、その現実を受け止め、希望に向かって歩むことは絶対に無駄にはなりません。あなたがやっていることは、決して無駄ではありません。

あなたが希望の光に向けて一歩一歩進んでいけることを信じています。希望を見つめて、どうか一歩ずつ前に進んで下さい。いつだって、私は信じています。あなたの限りない力を。

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