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介護日記 (116) 〜生き抜くことの尊さ〜

秋、島の空がとても高くなった。そんな中で一本の電話が鳴る。「娘が…………」友人の声は聞き取れない程、力がなかった。

前年、父を突然の事故で失い失意の中にあった友が、今度は娘を失う。しかも「おじいちゃんのそばに行きます」と自ら命を絶ったと言う。祖父の眠る墓地で首を吊った彼女の思いは。母として、どうして娘に手を差し伸べ、救えなかったかと、電話の声は震えていた。

離婚を経て、父の役割もこなして懸命に働き、娘を育ててきた彼女を責める事など誰にも出来ない。泣き崩れる友の声に懸命に言う私だった。「娘の分まで生きるのよ」と。

仕事の合間に友に会いに行く。友は髪の毛が抜け、肌はカサカサに枯れ、急に老け込んでいた。そして居間の小さな飾り棚の上の若い娘の写真だけが微笑んでいた。水を供え線香をたく。いまにも玄関のドアが開き、元気な声が聞こえてきそうだった。

「ありがとう。どうか安らかに。お母さんは大丈夫。ありがとう」そう私は声をかけた。たとえ自殺という死に方だとしても、その死もまた尊いのだと思う。先に逝った人々は皆、現世の人を幸せに導く天使様だと幸齢者が教える。

人は死を通して少なくとも 30 人の人々に影響を与えると言う。この世に生まれてきた人は皆、死んでいく。だが一人で生まれることも死んでゆくこともできない。例え自殺したとしても、自分で葬式を出せる訳など無い。沢山の人々の手で、沢山の悲しみの中で送られる事を知って欲しい。生きる哀しみを負いながらも懸命に生きる所にこそ幸せの芽が出るのだと思う。

なごみの里では、今日も若い仲間ががやがや言う。

「柴田さん。蟻。蟻」「いいじゃないの。甘い物分けて上げれば」「えー、ばあちゃん達噛んだらどうするんですかー」「いいよ。いいよ。蟻によく話しとくから」

そして部屋の中からアキさんのパチパチ。

「便がしてーよ」「大丈夫ですよ」「息するだけでも切ないなー」「そうね。本当に」「死ぬことも出来んしなー」

日常の中の小さな幸せを探しながら、生き抜くことこそ人としての使命なのだと幸齢者の方が教える。幸齢者様に感謝、感謝。

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