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介護日記 (128) 〜生きる哀しみを喜びにかえて〜

「こんにちは」。玄関先に聞き慣れた声がする。

隣の島から静さん (89) の御家族が里にみえた。白い冷蔵用の魚ケースにたくさんの鯛を入れ、重そうに食堂に置くと、「おめでとうございます。新聞見ましたよ。これほんの気持ちです」と祝いの言葉を述べる。

「おかげ様で、ありがとうございます」と言いながらも、私の胸中は苦しかった。

「お義母さんの笑顔、新聞で見ました。家は新聞取ってないんですがね。近所の方が届けて下さいましたよ」

「まあ先にお義母様に」と居室にうながす。長男が家で幸齢者様を見るのが当たり前の島だが、孫さんの病の中で息子さん本人も病に倒れ、息子さんがなごみの里へ静さんを託して3年がたつ。

なごみの里はこの秋、数々の賞を頂いた。受賞は新聞で報道され、静さんは私とともに大きく写真に載ったのだ。

そういえば、この4月、静さんは米寿 (88) の祝をした。車をカーフェリーに載せ、静さんを自宅へとお連れした日のことを思い出す。親戚20人程で宴が行われ、息子さんは「母のお祝を自宅で出来る。こんな日が来るとは夢のようです」と涙を浮かべながら挨拶された。静さんは病の孫さんに抱かれて、横にならずにずっと祝の宴の中に座していた。私達のために用意して下さった食膳を前にして、静さんは嬉しそうに「早よ。食べなさいや」としっかりとした口調だった。

そしていよいよ自宅を後にする時「わしは帰らん」と車椅子に乗るのを拒否。息子さんは肩を震わせながら、母を車椅子にうつした。

次の日、みんなの心配をよそに「昨日は良かったね。我がとこ、帰って!」と言う私に「そげだったかいな」と一言、言ったものだ。

どんなに認知症があろうとも、愛すべき母であることに変わりはないことを私は自らの母との体験の中で学んだ。親子という縁に生まれてきたからこそ、越えなくてはいけない生きる哀しみ。私は静さんの部屋にその御家族と向き合う。

「許して下さい。静さんの顔が写ってしまいました。どうか許して下さい」頬をつたう涙をふかず、嫁の正子さんの手を取ると、正子さんの涙が私の手の上に落ちた。「いいえ、いいんです」と正子さんの言葉は優しかった。

哀しみも、沢山の真心を思い出の中に重ねていくことで喜びにかえて生きていけること。これこそが心を深める生き方であると教えて下さった幸齢者様に感謝、合掌。

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