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介護日記 (193) 〜死を受け入れて神仏に〜

3月3日、東京にて宮内庁の羽毛田長官になごみの里の活動、抱きしめて看取る死の文化を語る。静かに一言、「尊いお仕事です。僕に何ができますか?」と柔和なお顔で聞いて下さる。小さな田舎町の私たちの活動に励ましを下さることのありがたさに心躍らせて、雪が降る北海道に向かう。

講演の依頼元は羊蹄医師会。このところ、自然死を語る私を呼んでくださる医師会が随分増えた。私に届いた講演依頼書にはこう書かれていた。

『社会と家族構造の変化により、病院で死ぬことが当たり前になった。また、医学の進歩による延命治療で、死は自然なものから忌むべきものととらえられるようになってしまった。しかし誰でも永遠に病に勝ち続けることはできず、いずれは死ぬ。こうして死の現場には常に敗北感が漂い、家族の不幸、医療者の無力感は癒されることがない。

……これでいいのだろうか? 死が「不幸」であるうちは我々の人生は決して幸せになれない。しかし、死の瞬間に幸せであれば、その人の人生は幸せだったと言える。人生を幸せにする取り組み、それが住み慣れた自宅での看取りなのである。

講演の目的:パラダイムシフト (抜粋)』

講演会前半、厚生病院医長の矢崎先生は病院における延命の現実を語り、それは決して幸せとは思えないと結ばれた。私の自然死の在宅看取りの話へと進む。

質疑応答では、一人の医師が手を挙げた。

「柴田さん、正直に言って、僕は死が怖い。どうしたら怖くなくなりますか?」

「先に逝った方々がお迎えに来たとき、本人は死をうけ入れて、その時から人は仏になるのです。その時から、死は怖いものでなく、幸せに変わるのです。大丈夫です。先生にもその時がきます」

医師が「死を怖い」と人前で言う勇気。質問してくれた医師の謙虚さに、私は頭を垂れた。

帰り支度をしていると、一人のパニック障害を持つ女性が目をはらし、微笑む。

「産まれ生き抜いて立派に死ぬ事が生きる事。私のような人間でも生きていて良いんですね。嬉しかったです」

誰にも、彼女の運命を担うことはできない。彼女は彼女の人生を全うするしかない。生き抜いて死を迎えた時、神仏になり、救われるのだ。私は重い荷を負う彼女にただ祈るばかりだった。

死を見つめ、お一人お一人、丁寧に看取る事を教えて下さる幸齢者様に感謝 合掌

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