講演感想

代表的な例

  • 「愛されること」は、一番の幸せだなぁと思った。「愛されること」は、いたみや心の傷にとっては一番のクスリだなぁと思った。「人は愛されて死んでいくのが一番なんだなぁ」と思い感じた。そして私はこのお話を聞いて、お年寄りに対しての思いが変わりました。 - (小学生)
  • とても心地のよい、素敵な時間でした。私は、この時間で自分が凄く美しいものを見られるようになったなと思います。そして、ありとあらゆる「物事」が、今日が、今が、とても幸せに感じられるようになったと思いました。 - (中学生の感想)
  • 講演を聞く前、「死」というものに「二度と帰ってこれない」というイメージを持っていました。お話を聞いて、それは決して悲しくない出来事ではないんだけれど、私達に力を与えてくれるものでもあるというイメージに変わりました。 - (高校生)
  • 家族が亡くなった経験を持つ子供には、今回のお話は特に強く響いたと思う。とても優しい語り口、いいお話を聞かせて頂き、ありがとうございました。「みんな、生まれた時は良心を持って生まれてきているんだよ」と言われたことは、子供達の成長にいい効果を与えてくれると思う。 - (教職員)
  • 私が勤めている施設に、酸素マスクをつけて生きている方がいます。私は毎日いつ亡くなってしまうかが心配で、自分の夜勤の日に当たらないように願っていましたが、今日の講演を聞いて考えが変わりました。その人が幸せに天国へ行けるように、私も全力を尽くして介護していきたいです。他の介護者にもこの話をします。「高齢者」を「幸齢者」とお呼びするのはとても素敵なことだと思いました。私も真似させて頂きます。 - (女性 介護職)
  • 何度か病院や施設で看取りをしましたが、凄く悲しくなる時がありました。本人の意思を尊重できず、私は医師の指示で本人が嫌がる点滴を謝りながらしたり......何度かそういうことを体験し、凄く悲しくなりました。柴田さんの本を読んだ時、読みながら涙が出ました。いつか私もなごみの里のような暖かくて幸せになれる看取りができるところで働きたいと思っています。 - (女性 看護師)
  • 柴田先生の看取りは私たちが臨終行儀として伝えてきたものと正に同じだと思いました。しかし、私たち僧侶として今日この行儀を行う方はほとんどいらっしゃらないと思います。かつて、私の父は離島の寺でこの行儀を幾度も行っていました。今回のお話に私たち僧侶のあるべき姿、行動というものを深く感じ、大いなる感動を戴きました。ありがとうございました。 - (男性 僧侶)
  • 涙が出そうでたまりませんでした。人間にとって、死は避けては通れないものであり、親も、夫も、そして自分自身も死を迎えるということを、考えれば考えるほど落ち込んでいく感じでした。でも、柴田さんの話を聞いてすごく心がほぐれるような感じがしました。不思議な力を分けてくださってありがとうございました。 - (30代 女性 養護教諭)
  • お話を聞きながら、母を思っていました。退院後 9 ヶ月家で過ごし、最期は病院でしたが、今でもこれで良かったのかと問い続けています。死ぬ前、魂があの世とこの世を行き来するから怖くないという話は、私の中にストンと落ちました。 - (50代 女性 養護教諭)
  • 初めて聴講させて頂きました。心を打たれました。死というものに対する思いが私の中で変化したような気がします。自分の死に対しても、また親、他の人の死というものを受け止めることが素直に出来るような気になりました。でも、とかく身内に対しては(安易に)延命を希望してしまうような気がします。当人の気持ちを大切に出来るようになりたいと思います。 - (50代 女性)
  • 先生のお話は実践をもとにした講演であり、感銘を受けた。私の母も 92 歳で死んだが、晩年を施設で過ごし、口がきけず会話ができなかった。しないと思っていても、心の中では何かを思い、話をしようとする眼差しを感じたものである。先生の話を聞きながら、自分に言われたような一面を受け、命の尊さ、看取りの大切さを改めて強くした。 年老いたものに対して、真心のこもった愛情で接することこそが、幸福に繋がるものだと教えていただいた。 - (60代 男性)
  • 今、89歳になる母を施設の助けをかりて共に生きています。週一回、母に会いに行く生活です。だいぶ生きる力も弱ってきた母を見るにつけ、どのような態度を取って共に生きていくか不安です。今日のお話で、少しではありますが、その糸口が見えたように思います。 - (60代 男性)

活動についてのお知らせ

  • 柴田久美子 講演予定

書籍紹介

家族を看取る

『家族を看取る』書影

看取りの手びき 介護のこころ

『看取りの手びき 介護のこころ』書影