全ての人の尊厳が認められる未来へ

静岡県出身。 1945 年生まれ。
静岡、名古屋を経て、 1995 年 11 月に西ノ島シルバーアルカディア事業を利用して隠岐に来島後、現在まで隠岐郡西ノ島町に在住。通勤には内航船(いそかぜ)を利用。なごみの里としては初の島外通勤者。
還暦を区切りに今まで従事していた飲食業界を離れる。西ノ島町職業安定所の紹介でなごみの里を知り、 1 ヶ月のボランティア期間を経て 2006 年 1 月 5 日よりスタッフとして勤務。料理に対するこだわりはなごみの里でも 1、 2 を争うほどで、料理担当のボランティアさんと話が弾むことも多い。
宮本: 今まで住んでいた静岡、名古屋……ときて、今、西ノ島に住んでるわけじゃないですか。西ノ島に最初に来た時はどうでした?
佐野: 私は静岡の田舎で育ってますもんで……ですから、島の時間の流れっていうのは自分にあってましたね。
宮本: え、富士宮市*1っていうのは結構……田舎なんですか?
佐野: 田舎……まぁ、僕らが育った時はね。今はもうそうじゃないですけど。その当時、うちらも百姓でしたから。だからそういう関係で、田舎の暮らしは、はい。
宮本: なるほど。名古屋と比べて不便だったところとかは……?
佐野: 一番不便なのは、ものを買うときに買いたいものがないっちゅうことかね。
宮本: ものの品揃えが悪い。
佐野: うん。あと医療関係。病院……診療所ですけど、すぐ日赤*2行きなさいとかね。
宮本: え、西ノ島にも*3病院ってないんでしたっけ?
佐野: 今は島前病院になったけどね。前は島前診療所でしたから。
宮本: なるほどなるほど。……反対に良かった点は?
佐野: やっぱり気持ちが、ストレスがたまらないっちゅうことですかね。釣りしたりぼーっとしたりしとるからね。
宮本: 佐野さんがこちら……なごみの里に来た時、もう 60 でしたよね。
佐野: 過ぎてましたね。
宮本: 「なごみの里に入ろうと思った動機について詳しく聞かせてください」という質問なんですが。
佐野: うーん、前のスーパーで惣菜の担当をやってたんですけど、そこを 60 になったから辞めまして。半年間失業保険を頂いてぷらぷらしとったんですよ。その時に職安の資料の中になごみの里がありましたもんですから。それで介護の仕事をやろうと思って来たんですけど、柴田さんとお話しとって「死」についてのお話が出まして。僕は次男坊ですから、親の死に目、祖父母の死に目っていうのを見てないんですわ。「死」の直前って言うのを一度もまだ経験してなかった。だから、そういう機会があってもいいかなと思いまして。これから自分がその時に入ってきますから。それが、強いて言うと大きな理由になりますね。
宮本: ここに(実際に)来るまでは、普通に介護の仕事をやろうと思っていたと。介護の仕事は何でやろうと思ったんですか?
佐野: 西ノ島にもう働く場所がないんですね。募集が土木飲食介護と 2、 3 本くらい。土木は身体が 60 過ぎだから駄目。飲食は今更してもなぁと思って。で、やるなら……介護の方ということで、西ノ島の社協(社会福祉協議会)へ一回電話を入れたんですけど、やっぱり資格がなきゃいかんと言うんですよね。それでなごみの里でお話したら「資格はまだいいですよ。ボランティアということで」ということがあったもんですから。それでお願いして。
宮本: なるほど。でも凄いですよね。 60 で、うーん、そのまま飲食には進まなかったんですよね。
佐野: いやもう飲食は……もういいやって(笑)。
宮本: もういいやって(笑)。
宮本: で、その「介護」ですが、全然やったことのない仕事で、どうでしたか?
佐野: まぁ、逆に言えば全く携わってないから、全部に……使命感? それが出てくるんですよね。やったことがあれば「あぁ、それ知ってるわ」っていう感じの部分が出てきてしまうんだけれども、全く経験なしですから、ひとつひとつ「こうやってやるんやなぁ」っていう、はい。
宮本: ふーむ……例えば飲食の場合、お客さんは当然いるんですけど「モノ」を何かこうするじゃないですか。で、介護の場合、基本的にこう「ヒト」じゃないですか。その点で戸惑いとかはありませんでしたか?
佐野: こっちに来る前 10 年間は客商売(居酒屋)やってましたから、ある程度人との会話で飲み込むことができるんですね。相手から言われた時にこう……何をこの人は気にしてられるのか、要望がなんなのか……とか。もちろん居酒屋とは違うんだけれども、ここでは言われたことに対して真面目に答えればわかってくれますけんね。素直にとって素直に応えれば、通じるものがあると思ってます。
宮本: ふむ、素直に。
佐野: はい。金勘定しなくていいですからね。
宮本: まぁ確かに(笑)。
佐野: 商売の場合はね。金勘定と「いかに食わせるか」っていうことがね(笑)。ビール一杯幾らとか、話しながら注文が入ってくるからね。それがないという面ではかなり素直にできましたね。
宮本: なるほど。では「今までの職場」となごみの里で一番違うところはどこですか?
佐野: …………。
宮本: いや別に固まんなくても(笑)。
佐野: ……うーん、一番違うっていう点は……営利目的でずっとやってましたから。幾ら売るとか幾つ売るとかっていうやり方を常にやってきましたわ。でも、ここはそういうことは一切ないから……カリカリっていうのはないですね。カリカリしながらやるとどうしても諸々の行動にそういうものが出ますからね。だけどそういう面で……一番違うって言えば、人間としての会話っていうかね。売上じゃなくて。
宮本: お金をはさんだ会話じゃなくて。普通の 1 対 1 の会話。……なるほど。確かにそうですね。
宮本: なごみの里に入って得たものはありますか?
佐野: 掃除とかがね、積極的というか苦なくできるようになりましたね。商売をしているとどうしても時間に追われますから。「これはぬいちゃえ」とか「ま、いっか」とか、そういう部分があるんだけれど、ここに来てからは本来の掃除っていうのかな、「ま、いっか」ていうのがないですから。この間も掃除に学ぶ会にいったんですけど、基本は掃除をすることじゃなくて、それに関しての心構えというか、相手に対する感謝の気持ちであるとか、そういうものの積み重ねがあるよ、ということなんですよね。そういうことは、非常にここで教えてもらえましたね。
佐野: まだ皆さんから見れば行き届かんところはあるとは思うんですけど……でも、いい修行というかね。物事の優しさっていうことをよく代表は言われることがあるんですけど、その優しさっていうのがよくわからない部分があったんです。それが……自分がならないとわからんということが少しずつわかってきたんですよ。自分がそこに入らない限り、その気持ちにはわからんわ。例えば本を読んでいてもね。「そういう考え方がある」というのがあるんだけど、実質自分がそういう風になった時に理解できる部分があるのかな、と。まだそういう域ですけど、少しずつそういうふうになってきているとは思ってますけんね。
宮本: 佐野さんのような年齢の方に聞くのは初めてなんですけど……佐野さんにとって「死」とはなんですか?
佐野: 死、死……。今まで僕は「無」……生まれる以前も死んだ後も無っていう解釈でおったんですわ。「無」っていう考え方ですね。「死」は……うーん、死のその時、死の直前はやっぱ苦しみは無いと思います。
宮本: ない。それは以前からの考えですか?
佐野: うん。生きていく上で色んな快楽があるんだけど、人間って……生まれてきて生を与えられたら、死の恐怖感があったら、生はありえんと思ってるんですよ。死という一番の快楽があるから、命があるっていう解釈をずっと僕はしとったんですわ。だから死に際っていうのは、傍から見たら苦しんでるのかもしれないけれど、今までにない一番の快楽で死を迎えるであろうと。そしてそこを過ぎれば無になると、そういう考え方でしたね。成人して子供とかできた時に「あー、やっぱ無だったんだろうな」。「無から有になってまた無に還るんじゃないかな」という感じがあったんですよね。
宮本: それはこちらに来られてからも変わらない?
佐野: 考え方? いや、それは少しずつ変わっちょる。アンケート(講演の感想)を読んだり、柴田さんの本を読んだりしてると、まだ半信半疑のところがあるんですけど、さっきも言ったように、自分がその気持ちになれば、その気持ちになれるだろうと。柴田さんはそういう死に様というのを沢山見て、その上に立って答えを出してるわけですからね。「死」というのを迎えた時、柴田さんが言われるような世界に入っていくのかもわからん。うん、今はそういう曖昧な状態です。
宮本: では……なごみの里の幸齢者様とはどんな方達ですか?
佐野: 苦労された方だとは思いますね。ちょうど激動の時代をね、過ごされて。島の人たちに話を聞けばね、もう……その日暮らしの生活だったらしいですから。焼畑したり。それを乗り越えてきてるんですからね。だから僕らが考える以上に、厳しい生活を乗り越えてきた方だと思います。その結果にしては皆さん穏やかで笑いがあるしね。だから、凄いなと思いますね。普通でしたら……少なからず愚痴とかが多少出る時がありますがね。そういう話は聞いたことがないですから。だからよほど噛み締めておられるのかね。それは凄いと思います。はい。私の田舎で暮らしていた時は、私ら(の両親、祖父母)も百姓だったけれども、そこまでの生活はしてないもんね。
宮本: まだ本土の方が楽……というと失礼ですけど。
佐野: うーん、まぁ場所にもよるけれどもね。富士山の麓の朝霧高原とかに疎開してきた人とかもいるんですけれども、本土とは言えすごい悲惨でしたね。水が引けるところには田んぼがあって、そこは大丈夫なんですよ。でも、畑のところの人達はどうしても苦しい生活してましたね。この島も田んぼの跡がほとんどないし。……話が横道にそれて悪いんだけれども。そういうのを鑑みると、頭の下がる思いです。
宮本: なるほど。……いや、今回は全然話がそれなくて助かってるんですけど(笑)。
佐野: あ、そうですか(笑)。
宮本: 人によっては「質問なんでしたっけ?」とか言うほど脱線しまくりましたから(笑)。だから今回は大丈夫です。えー、話を戻しますけど、それは佐野さんが年齢的に近いからこそなおさら感じるという部分があるんですかね?
佐野: そうでしょうね。ちょうど戦後の混乱の頃、僕はまだあんまり物心がついていない時期だけども、目では見てますからね。だから、(島は)それに輪をかけて厳しいものだったんだろうなって想像はつくんですわ。自分が食べるものにしても……今ダイエットで大豆がいいとか言ってますけど、大豆ばっかり食ってたら腹膨れますけんね(笑)。そういうような経験をしてますから。
宮本: では、あと 2 つ。将来はどうなされるつもりですか。
佐野: 将来も決めてここ(隠岐)に移住してきとるから、多分西ノ島で年金暮らしをしながら……身体が動くからね。何かできるときには手伝いくらいのことはやっちょるだろうとは思うだろうけど。……余談になるけど、寝込んだりなんだりした時のために、今 MD とビデオを貯めて置いてある(笑)。音楽とビデオ入れておけば、半年くらいはどうにか。あと動ける時は釣り行ったりなんかすれば。
宮本: 準備万端ですね。
佐野: いやいやなんちゅうの、親類がいないから、特にそうだわね。
宮本: 訪ねてくれる人がいない。
佐野: うん。だからどうしてもそうなるとは思います。
宮本: 大丈夫ですよ。西ノ島にいたら柴田さんとか三輪さん*4が訪ねてきますから(笑)。
佐野: 「おーおー、減らず口きいた親父がくたばってるぞ」とか?(笑)
宮本: (笑)。で、まぁ、とりあえず動く間は色々と。
佐野: うん動く間はね。まぁ、この通り調子のいい人間だから(笑)。

宮本: ……夢はありますか?
佐野: 夢っちゅうのはなぁ……うーん、宝くじ当てて 3 億円取ったら町にあの……何か作りたいと思ってる。介護施設であるとか医療施設……は 3 億円じゃ無理だけれど。それか子供のためにね、天文台とかミニチュアの機関車を走らせる交通博物館とかね。うーん、あと今一番僕が考えてるのは物がようけ流通するような店を作ったらどうかな、て思ったり。それは先立つものが 3 億円っていう、宝くじで当てるしかないけど(笑)。
宮本: で、今、買ってるわけですね(笑)。それは西ノ島に対する恩返し的なところがあるんですか?
佐野: 恩返し的っちゅうーか……あまりにも物自体がなさすぎるけんね。
宮本: 身にしみて知っているから、と。
佐野: うん、 1 年間のうちで 1 個か 2 個、すぐ欲しい時に手に入らないというのが必ずある。そういうのもあんまりないようにしたいなぁと。……うん、でもそれは私だけの考え方で、島の人はあんまり不便に感じてないのかもわからん。本屋さんで「これ注文してくれ」って言っても「1 ヶ月くらいかかるよ」って言われて、おいおい待ってくれって(笑)。でも、まぁそれが当然みたいなこと言われると、この島では当然のことなのかなぁと。うん。
宮本: ……一番最初にゆったりとかいう話をしましたけれども、そういうところがもしかしたらあるのかもしれませんね。 1 ヶ月というのでもう慣れてしまっているから、島にとってはそれが普通というか。
佐野: うん。あとね、もうひとつこの島にきて驚いたことがあってね。船が止まるでしょ。僕らは本土の感覚だから「また明日来るわ」って。ところが島では、船が止まるっていう情報が入ると物が全部なくなる。何これって(笑)。んで、 3 日止まった時にはじめてわかった。
宮本: 何もない(笑)。
佐野: 何にもない(笑)。
宮本: それは多分生活の……島の人の生活の知恵ですね。そんなのもなくなればいいのかなぁと。
佐野: そうですね。そう思ってますね。
宮本: 宝くじに想いをかけて(笑)。
佐野: うん、たいした夢じゃないんだけどね(笑)。宝くじが当たったらの夢ですね。