全ての人の尊厳が認められる未来へ
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皆さん、紹介戴きました奥出雲町立馬木小学校の福田と申します。だいたいここに立つような人間ではないのですが、たまたま柴田さんからお電話を頂いて、柴田さんからだと断れんなぁと考えてからお受けしたのですが、実はこのテーマが非常に重たいもんですから、自分は何を喋るんだろうと実は今でも不安をもっとるわけです。今日はシンポジウムと言うことでしたから、まさかここに立つという思いはありませんで、横から喋ればいいという感覚でしたもんですから、(壇上に)立っておりますと足はガタガタ頭真っ白けなんですが……まぁ、お許し下さい。何を喋るかわかりませんが、許して頂きたいと思います。
この JT の助成事業*1で私の学校に柴田さんが来てくださって、小学校の 3 年生から 6 年生まで 3 学級の子供達にお話をして頂きました。その時のことをお話をさせていただいて、私の責任を果たしていこうと思っています。
テーマは重たいんですけど、不謹慎かも知れませんが笑顔でしゃべりますのでお許し戴きたいと思います。
私の学校と申しますのは奥出雲にあります。そこに吾妻山と言う山がございまして、そこで私は長い間キャンプ指導をしております。私の第 2 の故郷の学校ヘ行かせてもらったと言うことで非常に喜んでおるところです。
そこに来ていただいて、柴田さんが子供達に教えてくれたことが 3 つあるんです。
1 つはですね、あんまり考えたくないんだけど「人間は 100% 死んでゆくんだよ」と言う「限り」といいますか、いつまでも生きているわけではないんだよとゆうことを教えてもらった。
2 つ目はですね「命は縮めることができるけれども、その命は縮めちゃいかんのよ」ということを教えてくれました。
3 つ目はですね「あなた、幸せ?」って子供達に問うてくださったんです。普段ですね、子供達は「あんた幸せかね?」って問われることはないと思います。従ってですね、子供達はどう答えていいか全く判らなかった。漠然とその幸せの中に浸ってますから、子供達は答えられなかった。「あんたどう?」と聞かれて「幸せです」(首をかしげながら)……こんな感じなんですね。その時にですね、子供達が学んだのは、あんたが幸せなのは家族がいて、いろんな周りの人達が支えてくれるからなんだよ、という。つまり子供達にとって、あんたには愛するものがあるんだよということを、それが非常に大事なことなんだよということを教えてくれた。
大きくですね、この 3 つを教えてくれた。そういう風な気がしています。
それで、学校はですね、どちらかというと「生きていることから生を考える」という教育が主流であります。ご承知の通り、ああして長崎でですね、大変な事件*2が起きた。その時にですね、長崎市の教育委員会が長崎市の子供達にある調査をしたんです。その調査で「死んだ人が生き返る」と答えた小中学生が 15.4% いた。それに対して県は「子供達が生死に直接接する機会が減り、様々な情報の影響を受けている」という分析をしている。
実は、私どももこれと全く同じ調査を私の学校でいたしました。幸いなことに「生き返る」と答えた子は、一人もおりません。それは何故か。私どもの地域が 3 世代の地域だからだというふうに思っております。 3 世代ですから当然自分の曾おじいちゃん、おじいちゃんを亡くしたという経験を半数以上の子が持っているわけです。つまり、自分の肉親にですね「別れを告げる体験」それをもってる。
病院から帰ってくる……さっきの柴田さんの話しにあったのですが、棺に釘を打つ、そういう経験をしているわけですよ。骨を拾う……そういう経験をしている。そういう経験の中から死ということは絶対にかえらないことなんだ。永遠のお別れなんだという意識を子供達は持っている。
しかしながらですね、私共の地域はそれでいいんだけれども、この長崎県のデータというのは、きちんと受け止めていく必要があるだろうというふうに思っています。したがってですね、情報リテラシていいますか……情報を選択する力、活用する力。今、いい加減な社会ですから、そういう中でつけていく大事な力を子供達としっかり考えあっていく必要があると思っています。
柴田さんに来ていただいて、子供達は実際何を感じたのか…いくらかご紹介をしたいと思います。
さっきのユウカちゃんの話しは柴田さんから話しがありましたので…… 5 年生の男の子です。
親しい人がなくなった時にとても悲しい気持ちになるけれども柴田さんのお話を聞いて生まれてはじめて真剣に死ということ心から学びました。柴田さんが言っていた 3 人の天使と手をつなぐと、幸せになれると言われたから、これからは必ず手を握ります。
最後に今、本当にいい勉強をしたと僕は思っています。
この 3 人というのは、高齢者、それから病気の人、 3 人目は死に逝く人。その手を自分はつなぎますと。 6 年生のおとなしい男の子なんですが、彼はおばあちゃんを亡くした経験を持っています。ですから「自分も経験しているから、柴田さんの気持ちはよくわかります」というふうに書いています。
私はですね「死」というモノを意識するという事は殆どないと思います。ゲームではあるですね。ゲームで死んでリセットしてすぐポーンと起きてくるようなやつ……一杯あるんですが「それは死ではない」という認識を子供達は持っていると、私は思っています。この柴田さんに学んだことはこれからも大事にしながら今後の学校の方の教育の中にいかしていきたいというふうに思っております。
それが 1 つ目です
しゃべりたいことが一杯あるんですが、 2 つ目はですね……先に子供の作文を紹介しましょうか。柴田さんのお話を聞いてですね、その後に書いた作文です。
私はこのお話を、死んだ曾おばあちゃんのことを思いながら聞いていました。おばあちゃんは昨年の 11 月に死にました。おばあちゃんは、いつも私達に笑顔を見せてくれました。おばあちゃんは耳があまり聞こえませんでした。だから、私の言うことをわかってくれないと「もぅ、一回で聞けよ!」とか思っていました。でも、人間はいつかは死ぬから精一杯生きているのだから優しくしてあげれば良かったのにと思いました。
女の子なんですがこの子はですね、実は柴田さんが帰った後にですね、私のところに来て
校長先生、もう 1 年早く……もう 1 年早く柴田さんを呼んでてごせば(呼んでくれたら)、私こんな泣かんですんだ。
こう話してくれました。喜んでいいのかどうなのか、よくわからなかったですけれども。柴田さんの話はですね、非常に子供達の心にしみるそういう素晴らしいお話。
生から生を考えていた子供達が、死から生を考える……という非常にいい経験をさせてもらった。小学生ですから真剣に考えるということは難しいんだろうと思います。私は、死というものに触れて感ずるという……小学生の場合はですよ、それで良いのかなと。従ってそういう柴田さんのお話、それと、死というものに触れさせてもらって……で、今までの自分を、こう、色々振り返ってみて、そしてまた自分はこれからどうするんだと、考えをめぐらす機会になったかなというふうに思っています。
実はですね、この子の作文を読んだ時にですね、私にも思い当たるふしがあったんです。私の親父が 84 になるのですが……今はボケとは言わず、認知症ですか。認知症がだんだんひどくなってきているんですが。
ある時ですね、私に向かって「わしゃぁ、家出するけんなぁ」というわけです。「なにやぁ!どこいくんや」(って尋ねますと)「あー、いやいや、昔お世話になった、あのさん(あの人)と、あのさんと、あのさんと、行かにゃーいけんけども、お前はちっとも俺の言うことを聞かん」と、自分の息子に、お前は俺の言うことを聞かんと言うわけですよ。「勝手にせぃ!」(と私)
実はですね、(親父は)大変働き者だったものですから、私はそういうのを受け入れたくなかったわけですよ。どうしても情けないって言うか……受け入れられなかったわけです。「絶対おかしい。こんなはずではない」みたいなですね。親父の認知症を拒否しとるわけですよ。
で、「勝手にせぃ」と言いましたら、出て行きました。自転車で、ふうらふうらしながら行くんですよ。後ろから来る車のお兄ちゃんが怒るわけですよね。そんなことは関係なく出て行きました。やがて戻ってくるわと思っていたんです。そいで私は学校行っとったんです。で、お昼に電話したら、戻っちょらんちゅうんですよ。それでも「おかしいな」みたいなことしか思ってなかったですよ。学校も忙しかったですし。夕方ですね 7 時過ぎに帰ったらですね、まだ戻っちょらんちゅうわけですよ。それで青くなって、探しましたら、道端の草むらの中に自転車倒したまま、自分はぺたっと座っちょるわけですよね。多分、何時間も座っとったでしょうね。
実はその 3 日後にお祭りがあって、息子と一緒に酒を飲んじょったんです。息子は食ってかかるわけです。「お父さんは優しくない」「何のことかや」というと、この話しをするんです。私が探しに行かなかった。その間、親父が道路の脇で、淋しく一人ぼっちだったじゃないか。なーんだ!それでも(僕の)親か! って言うわけですよ。私もムカッときまして、「お前にそんなこと言われたくねぇ」みたいなことと言いましたが(息子は)ものすごく怒るわけですよ。 1時間半ぐらい色々話してたんですけど、隣からも心配して電話があって「何、怒っちょかね」と……。話を聞いてるとですね、やっぱり息子も「あんなおじいちゃんじゃなかったはずだ」ちゅうわけですよ。息子も受け入れられない。「あれはお父さんがおかしなことするけ(から)あげんなったんじゃ」と言う。
受け入れる……「老い」を受け入れることの難しさ、ものすごい体験しました。あれ以来ですね、息子もわかってですね。時々戻ってきて、おじいちゃんを車に乗せて、連れて出るようなことをするわけです。
やっぱり「柴田さんのようになるのは私には当分できんな」という思いがこのお話を聞いたり、本を読ませてもらったりしながら、思ったところです。
もう(残り時間) 3 分。いらん話ししちょったら、一番せにゃいけんこと忘れちょりますが。実はですね、子供達と「生きる事」みたいなこと、「あんたがしなければならない役割、何なんだ?」みたいな話を学校でしながら毎日過ごしています。ですけど、その(教える立場の)私達が、生きることあるいは死ぬこと、そういうことを直接的に子供達に教える力がなかなかないんですよね。特に「死」について語れる教諭は、ほとんどいないだろうと思っています。従って私達は、いろんなモノを使いながら、子供達に生きることや死んでいくことを考えてもらうようなことをやっています。
私は学校の教員しとりますが、環境省の自然公園指導員もさせてもらっています。(カタクリの花の写真を見せながら)ご存知ですか? これ。カタクリの花。私どもが毎年船通山でパトロールをしながら、沢山の人に楽しんでもらうというようなことを、趣味の世界でやっているわけです。
これがですね、子供にとってものすごく良い教材になるんです。実はカタクリは(と、カタクリの成長図を見せながら)ここですね、これが 1 年目なんです。早くて 7 年、遅ければ 10 年たたないと、この花にはならない。
これを教材にした時に……もう時間がありませんので、子供の作文一つだけ紹介をしてですね……実はこれはカタクリの話ではないんですが、カタクリのことをずっと書いちょって「僕は帰り中、すぐ花をむしったりしているけれど、でもこの話しを聞いたら絶対しちゃいけんなと思った」と言うんですよ。つまり、この花が 10 年もかかって咲く。そりゃ通常の花は 1 年 2 年で咲きます。でも、この話しから子供は「そういうことをしちょったけど、でももう止めようと思った」と書いてくれました。女の子なんですが、実はこれ道徳の授業で私が 3 年生にやった分なんですが……とても素敵な花だなぁと頭に浮かんできたということをいっちょって、こうゆう感じ方をするんですよね。
辛いことを最後まであきらめなかったら、何かがきっと励まして、励ましてくれる。そう思った。カタクリの花は、寒い冬を越えれば、人が見に来る。それがカタクリの花にとって励ましだと思います。
時間が参りましたので、終わらせていただきます。
(と言いながら絵本を取り出し)私達は絵本を使って、子供達に生きる事とか死ぬことっていうのを考えさせる……最後にこれをご紹介します。『葉っぱのフレディ』。葉っぱが枯れ落ちて行く、その 1 年を葉っぱのフレディという葉っぱの思いを乗せてですね「死ぬっていうことは、終わりじゃないんだよ。葉っぱが落ちて、それが腐葉土になって、花を咲かしていくんだよ。死というのは完全な終わりじゃないんだよ」と、教えることができる素晴らしい教材です。
(別の本を手に)茅ヶ崎の浜のほうの小学校の尾瀬校長先生が癌でお亡くなりになったんですが、亡くなる間に子供達に死の授業をされたという非常に有名な方なんです。その先生をモデルにしたのが、この『くまの校長先生』というやつです。これも使います。
今度やろうと思っちょうのは、ご存知でしょうか? 『千の風になって』という本。これは素晴らしいですね。たった 12 行の英語の詩なんですが。こういうことを子供達と一緒に考えています。
こういうものを使いながら子供達と、柴田さんに教えてもらったものを大事にしていきながら、過ごしていきたいと思っております。延長してしまい申し訳ありません。以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。