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看取り士日記 (266)  〜嬉しくて、嬉しくて〜

桜の花が美しく散り、その命をもって 生きる事を見せてくれる。

田中さんが離島にボランティアの為に来てくれたのも、こんな季節だった。

ホテルに宿泊してボランティアをしてくれた。当時、ボランティアさんの数が多く。1か月はお掃除をお願いして、幸齢者様に面会することはできなかった。お掃除ボランティアで一週間が過ぎた頃、こう一言、田中さんが言う。

「柴田さん、僕は三味線を持って来ました。島を離れる前に一度だけ、幸(高)齢者様にお聞き頂きたい」

三味線を見慣れない私にも、田中さんの三味線がとても高価な物と一目で分かった。だが一言もそれには触れず、田中さんは離島前に一度だけ幸齢者様に三味線を披露する。彼はボランティア中「はい」と言う言葉以外、使わなかった。

その世界では「御前様」と呼ばれていた程の僧侶だった。

「ビハーラ21」を自ら2007年に立ち上げた田中さん。その後、私財を使いながら精神を病む方々、終末を迎えた方々に自ら寄り添そう。そして自らも白血病を発症。重い病を背負うことで、自らの命と向き合い、その最期「嬉しい。嬉しい。嬉しい」とご家族に伝えながら息を切られたと言う。

田中さんと親交のあった看取り士さんから、次のような話を聞いた。

住職をご子息に譲られて、病気を背負ってから全く一介の坊主からも外れ、ひとりの念仏者として緩和ケア病棟での活動で、先に定命果たし切るいのちに出遇い続けて、そのいのちから教えて貰われたのでしょう。

坊守さんに遇ってやってくださいと本堂に行くと、「南無阿弥陀仏」……言ったとたん、もう、嗚咽で、出てきませんでした。それでも、阿弥陀如来に……念仏……を、と。 見てやってくださいと言われ、余間に掛けられた掛け軸の「真教院釋祐佐」の院号法名、法名の“祐佐”が笑っているんです。思わず、法名、笑っていますね。ああ、良かった、って言いました。

白血病というものを背負うことで、背負うことが喜びにかわり此方でも彼方でも生きている、いのちに出遇われたのでしょう。

きっと天国で三味線を美しく奏でながら、私が来るのを待っていて下さる。潔いあの方のして残してくださったものは、はかりしれない。

潔く生きることが潔く死ぬことと教えてくださった田中さんに感謝 合掌

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